アルノルフィーニ夫妻像
絵のタイトルは?
[日] アルノルフィーニ夫妻像
[英] The Arnolfini Portrait
誰が描いた絵?
いつどこで描かれた絵?
1434、ネーデルラント(現在のオランダ)
何のために描かれた絵?
イタリア人の銀行員、ジョヴァンニ・ディ・ニコラ・アルノルフィーニとその妻の婚姻を証明するために描かれたもの、と言われていますが、正確なことは分かっておらず、謎の多い絵とされています。
何が描かれている?
一見してアルノルフィーニ夫妻が描かれていることは分かるでしょう。そして夫妻の足元には犬がいます。また、画面左下にはサンダルのようなものが無造作に置かれています。
場所は室内で、左側の窓から入ってくる外光で壁やベッド、床がうっすら照らされています。
奥の壁には鏡がかかっており、夫妻の背中と、この絵を描いているヤン・ファン・エイク自身の姿も映っています。(拡大してよ~く見てみてください!)
夫妻、とくに夫のジョヴァンニの服飾はつつましく見えますが、高価な品であると言われています。また、鏡の横にかけられた装飾品や、シャンデリアも、高級な品でそろえられ、窓辺に置かれているオレンジも当時のネーデルラントでは非常に高価なものだったようで、ジョヴァンニが銀行員として富を築いていたことを示しています。
結婚の証明として描かれた説が有力な理由
結婚の証明として描かれているとされる説が有力なだけあり、それを裏付ける事物が数多く描かれています。
現代では「絵画」というと、センスや直感に従って描かれるもの、というイメージがありますが、当時の絵画では明確な意図でもって描かれるものが多く、一見すると何気なく描かれただけのものが、何かを象徴していることが多々あります。
先ほども触れた脱いだままのサンダルは、2人の婚姻を証明するこの場が、聖なる場であることを象徴していると言われています。これは、聖書に「聖なる場所では履物を脱ぎなさい」という言葉があることから、そう言われています。
また、足元の犬は忠誠や人間らしい愛を象徴しています。
その他、色にまつわる象徴もあります。例えば、妻の身にまとう緑は「献身」を表すと言われています。また、ベッドの赤色は子孫を絶やすことなく反映させることを示唆していると言われています。
ここまでは結婚をおこなう者同士にまつわる象徴に触れましたが、他にもそれを証明する者について描かれている部分もあります。
シャンデリアに1本だけ灯された蝋燭は、世の中を照らす神の目を表しています。また、同じ意図で奥の鏡は凸面鏡として描かれています。当時、商店などではよく凸面鏡があったようで、これは盗みを防ぐために商人がお店の中を広く見えるようにかけていたものでした。そこから、凸面鏡も真実を見逃さないという意味で、神の目を象徴しているとされることが多いです。
これらが描かれることで、「2人が結婚したことは神様も見ていますよ~」という証明になっているわけです。
また、その凸面鏡をぐーっと拡大して見てみましょう。鏡の中には夫妻以外に2人の人物が見えると思います。先ほどにも少し触れましたが、片方はヤン・ファン・エイク本人だと言われています。(たぶん水色の服を着ている方でしょうね。)もう1人、見にくいのですが、赤い服を着た人物が隣にいます。
ここに2人描かれているのにも理由があると言われており、それは当時のヨーロッパの結婚における風習に関係しています。当時は、現在の日本のように婚姻届を出して結婚式をあげる、といったことはなく、2人の証人が手を取り合うカップルを見て「うん、2人は結婚したね!」と言えば、結婚が成立するものでした。
さらに極め付けとして、「ヤン・ファン・エイクここにありき」と、鏡の上に書き記されています。「見ていましたよ」ということですね。
…という諸々の要素から、この絵「アルノルフィーニ夫妻像」は、結婚を証明する絵である、という説が有力な理由となっております。(ただ、上に挙げたものも、それぞれがあくまで1つの仮説です。)
どうやって描いた絵?
オーク材に油彩。
この絵の見どころ
超絶技巧のすごさを見よ
なんか物々しい小見出しですが(笑)、そう言えるだけの画家なんです、ヤン・ファン・エイクは。
ヤン・ファン・エイクという画家は、ルネサンス美術が流行した期間では、わりと最初の方に活躍した画家でした。が、彼はそれまであった未熟な油彩画法を改良し、同時代のどの画家をも凌駕する卓越した技術で、写実的な絵画を始めた画家です。
ヤン・ファン・エイクが活躍した時代から600年近く経った現代でも、彼の絵の写実性は色あせません。
例えば、夫妻の足下の犬の毛並みを拡大して見てみてください。毛の一本一本がうねり、光を反射し白くなっている部分と暗くなっている部分を見事に描きあげています。なんだか触った感触すら想像できそうなほどのクオリティーですよね。
他にも、真鍮のシャンデリアの鈍い光り方、鏡の左側にある水晶の透明なきらめき、その全てが質感が分かるほどに写実的に描きあげられています。
あと個人的には、妻の着ている服のベルベット地の感じがすごいと感じています。いったい油絵でどうやって描いているのでしょうね…。
ヤン・ファン・エイクの絵はどの絵も質感が分かるほどの写実性が魅力ですが、とりわけこの「アルノルフィーニ夫妻像」に関しては、保存状態も良く、魅力が詰まっていると感じます。(私も本物を見たことがありませんが、いつか是非とも見てみたいものです。)
当時には珍しい”風俗画”
風俗画とは、人の日々の営みやプライベートの時間を描く、絵画のジャンルの一つです。
ルネサンス時代は、キリスト教のための美術から徐々に人間のありのままに目を向けた美術になっていった時代ですが、それでも風俗画というものがジャンルとして確立するのはもっと後のことです。
その点で、ヤン・ファン・エイクのこの絵「アルノルフィーニ夫妻像」は、随分と時代を先駆けていたととらえることもできます。風俗画の面白い点は、当時の人々の状況を絵の中から読み取ることができる点です。
部屋の様子や、装飾品の形や色、服飾…、この絵からも多くのものが見えるかと思います。このように一つの絵画を掘り下げて見てみるときっと、今まで考えなかったような視点で見ることができ、より面白いと思います。
どこで鑑賞できる?
ロンドン・ナショナル・ギャラリー(イギリス)