ウィリアム・アドルフ・ブーグロー


プロフィール

生誕/死没

1825年~1905年

フランス

代表作

ヴィーナスの誕生

画像_ウィリアム・アドルフ・ブーグロー「ヴィーナスの誕生」

色合い、ポーズ、質感、どれをとっても非常に官能的なヴィーナスです。芸術アカデミーで中心的な画家だったブーグローは人々が好みそうな絵を描くのがうまかった画家でもあったでしょう。

地獄のダンテとウェルギリウス

画像_ウィリアム・アドルフ・ブーグロー「地獄のダンテとウェルギリウス」

ダンテの著した「神曲」では、古代ローマの詩人ウェルギリウスがダンテ自身を案内するストーリーとなっています。その2人を後景に、地獄の凄惨な状況を見事に描きあげています。

クピド

画像_ウィリアム・アドルフ・ブーグロー「クピド」

クピドは、日本では「キューピッド」として親しまれているローマ神話の愛の神です。子どもの姿でありながら非常にエロティックです。

プロフィール

生まれや環境

フランス西部の港町ラ・ロシェルに生まれたウィリアム・アドルフ・ブーグローは、若い頃にパリへ出てエコール・デ・ボザールという国立の美術学校へ入学しました。

24歳頃には新人の画家に贈られるもっとも栄誉ある賞「ローマ賞」を受賞し、公費でイタリアへ4年間留学します。当時の画家の理想的なエリートコースを歩みました。1876年には芸術アカデミー会員となり、その後は自身の母校であるエコール・デ・ボザールで教授職に就きます。

1884年には芸術アカデミーの会長となり、新しい芸術を模索していた印象派の若い画家たちを、軒並みサロンから落選させます。ブーグローは当時の芸術界においては正統と見なされた、古典にならって宗教的主題や神話的主題を描くことで高く評価され、人々からも親しまれた画家でしたが、後の世で芸術に革命をもたらす画家たちを叩き落とすようなことをしたため、印象派などの近代絵画が好きな方からはあまり心象の良い画家ではないでしょうね。

絵画史の革命によって都落ちしたアカデミック美術

アカデミック美術という言い方だと分かりにくいかもしれませんが、要するに、芸術アカデミーが理想としていた芸術を忠実に製作していた画家たちの美術のことを指しています。

芸術アカデミーは、厳格で固さのある新古典主義と自由でダイナミックなロマン主義の融合を目指していたので、まさに古典の様式を踏襲しつつ、ダイナミックに肢体をさらし、大仰な構図で絵画を描いたブーグローのような画家が、当時のアカデミーでは素晴らしい画家とされました。

存命中は画家としてエリート中のエリートだったブーグロー。しかし、クロード・モネらの印象主義が絵画史の一時代を築きあげると、人々の評価はガラッと変わりました。ただ「古い」と言われるだけであれば良いのでしょうが、「権威的で保守的な悪しき過去の俗物的な芸術」とまで言われるようになってしまいました。

結局、アカデミック絵画、および、ウィリアム・アドルフ・ブーグローという画家が再び評価されるのは1980年代になってからのことです。つい最近のことですね。

作風

“美術”という言葉にふさわしい名作の数々

先に書いたように、ブーグローは近代絵画の発展とともに評価が下がっていきました。随分と長い間評価されることがなかった画家だけに、日本でもピカソ、モネ、ゴッホといった画家よりも知名度が低いかと思います。

ですが、心の感じるままにブーグローの作品を鑑賞してみてください。確かに宗教画や神話画としては神聖性以上に官能性が目立っていて、「けしからん!」と思われる方もいらっしゃるかもしれません。それでも、そういったテーマや理屈もいったん横に置いて、ご覧になってみてください。

どの絵も本当に美しい絵です。絵具で描かれたものでありながら三次元的な質感を感じます。艶めかしさが漂うリアリティーです。

ブーグローの画家としての素晴らしさは、芸術の素養のない人や、普段絵画を気に留めて見ない人であっても、思わず足を止めて見入ってしまうような、有無を言わさない物質的な美しさが作品から匂い立つことだと思います。

印象主義以降は新しいことや実験的なことに取り組む画家たちが大勢おり、絵画のあり方が多様になったことは言うまでもありません。ですが、各々の画家たちが哲学的に芸術表現を追究していった中で、「見て美しいと感じる作品」という当たり前のことから、離れていってしまったように、私は感じます。

その点、ブーグローの作品はどれをとっても多くの人々に好かれる美しさをたたえており、まさに「美術」であると私は思っています。

みなさんはどのように感じるでしょうか?