カルロ・クリヴェッリ


プロフィール

生誕/死没

1430年頃~1495年

イタリア

代表作

マグダラのマリア

画像_カルロ・クリヴェッリ「マグダラのマリア」

マグダラのマリアを描いた画家傑作の一つ。

受胎告知

カルロ・クリヴェッリ「受胎告知」

一点透視図法で描かれた作品。建物の外部も内部も細かい装飾まで丁寧に描かれています。(画像はやや不鮮明ですね。)

玉座の聖母子(ろうそくの聖母)

画像_カルロ・クリヴェッリ「玉座の聖母子(ろうそくの聖母)」

クリヴェッリ晩年の作品です。幼児イエスがろうそくを持っていることから通称「ろうそくの聖母」となっています。

プロフィール

生まれや環境

ルネサンス初期の画家ですが、なにせ今から600年近くも昔のことなので、この時代の他の画家同様、カルロ・クリヴェッリについても本人に関する詳しい情報は残っていません。後の世、マニエリスム期のイタリアの芸術家であり、「美術家列伝」を著したジョルジョ・ヴァザーリですら、クリヴェッリのことには触れていません。ちなみに、この「美術家列伝」はルネサンス美術の画家たちのことを知るためのもっとも貴重な史料です。そこに載っていないので、カルロ・クリヴェッリは謎の多い画家となってしまっています。

ヴァザーリの「美術家列伝」に記されていないのは、もしかするとクリヴェッリの活動場所とも関係しているのかもしれません。クリヴェッリの生まれたヴェネツィアという町はイタリアでも大都市だったので、ずっとヴェネツィアで活動をしていれば「美術家列伝」で触れられていた可能性もあったかもしれません。

監禁、ダメぜったい

ですが、クリヴェッリは、あるときからヴェネツィアを出て、ルネサンスの中心地でも大都市でもない、マルケ地方で製作をしだしたようです。そうなったのは、彼が20~30代頃に、ある事件を起こしたからのようです。なんと、人妻を誘惑し、その上何ヶ月にもわたって監禁していたことで、逮捕され投獄されてしまったのです。それによってヴェネツィアの地に戻ることがはばかられたのか、あるいは、戻ってはいけないと言われていたのか分かりませんが、とにかくクリヴェッリは死ぬまで、マルケ地方で活動することになったようです。

この犯罪歴によって彼の画家としての知名度が失墜したかというと、どうやらそういうわけでもないようで、1490年にはナポリ公から騎士の称号を得たとする史料もあります。これは彼が亡くなるちょっと前のことです。一応、画家としての高い評価が存命中に失われることはなかったようですね。ですが、このことが「美術家列伝」で名前が出ないことの一因になっている可能性は十二分にありますね。

散り散りになった作品

クリヴェッリだけでなく、初期ルネサンスの画家たちはほぼキリスト教絵画を描き、教会などのキリスト教の施設の美術を手掛けています。そのため、作品は壁画であったり施設に備え付けのものであったりします。

キャンバスに描く近代の絵画とは違い、避難させたり守ったりすることが難しい分、長い歴史の中で失われてしまうものもたくさんあります。クリヴェッリの作品も、1800年代初頭のナポレオンによる侵攻や、その後のイタリアの混乱期を経て、多くの祭壇画などが取り外されて世界に散ってしまったようです。今では、数少ない作品が礼拝堂に残されているだけとなっています。

作風

漫画っぽい硬質な線と適度なデフォルメ

カルロ・クリヴェッリの絵画の最大の特徴は線にあると私は考えています。建物も人物も均質で抑揚のない線によって描画されています。それがクリヴェッリらしさを形作っているように思います。

画家の筆さばきが感じられない線はやや冷たくもありますが、それを緩和しているのが人物の質感や人間的な表情ですね。クリヴェッリだけでなく、初期ルネサンスの画家たちはビザンティン美術の硬質な美しさとルネサンスの柔らかな愛らしさの両方の特徴を持った画家が多いのです。ですが、個人的にはカルロ・クリヴェッリがもっともその良さが出ている画家の1人だと感じています。

僕がそう思うのにも理由がありまして、ここのパラグラフの見出しにもあるように、クリヴェッリの絵ってとても漫画っぽくないですか?細くて硬い線はGペン(漫画家が使うつけペン)で描いた線のようですし、適度にデフォルメされた人物の造形も、青年漫画か少女漫画でありそうな感じです。代表作で挙げた「マグダラのマリア」なんかがまさにその感じのする絵ですね。わりと初期の作品は、顕著に漫画的な要素が見受けられます。(晩年に描かれた玉座の聖母子は「塗り」の印象が強くなりすぎていますが。)

文様好きにはたまらない

テキスタイルを見るのが好き!という方は、きっとカルロ・クリヴェッリの絵を気に入ったことでしょう。代表作「受胎告知」なんかは、建物から絨毯からカーテンから、大天使ガブリエルの着衣から、ありとあらゆるところに文様が描かれています。どれも、キリスト教的なモチーフを文様化して描いていると言われています。(手前に落ちている林檎やマリアの上に描かれた孔雀なども、実はキリスト教と関係しているのですが、それはまた別に機会を設けて触れますね…。)

文様的という意味では、「玉座の聖母子」でも玉座をアーチにように取り巻く草や果実が、印象的ですよね。

だまし絵っぽい、けれども?

これはこの時代の他の画家にも、また、後年の画家にも見られるものですが、クリヴェッリの代表作として挙げたものは全て、手前が石段のように切り取られていて、鑑賞者にこれが絵であることをあえて分からせるような表現です。

私が「だまし絵っぽい」という濁した書き方をしたのには、実は理由があります。

きっとクリヴェッリは「鑑賞者をだましてやろう!」としてこういう描き方をしているわけではないと思うからです。だますことを目的とした、いわばちょっとお遊び的な要素のある絵もたくさんありますが、初期ルネサンスはまだまだ描ける絵にも制約の多い時代です。

これはきっと、鑑賞者をただ面白がらせるのではなく、キリスト教の物語の世界へ人々を誘うためのテクニックとして効果的に使ったものだったのでしょう。