グイド・レーニ


プロフィール

生誕/死没

1575年頃~1642年

ボローニャ(イタリア)

代表作

嬰児虐殺

画像_グイド・レーニ「嬰児虐殺」

色遣いにマニエリスム的な個性が見られますが、その正確なデッサンと古典主義的な美しさは、バロックの巨匠グイド・レーニらしさとなっています。

バッカスとアリアドネ

画像_グイド・レーニ「バッカスとアリアドネ」

理想化された肉体は古代ギリシャの彫刻を思わせます。

聖大ヤコブ

画像_グイド・レーニ「聖大ヤコブ」

グイド・レーニはなまめかしさと敬虔さが溶け合った絶妙なバランスの作品を数多く制作しました。

プロフィール

生まれや環境

ボローニャの音楽一家に生まれたグイド・レーニは若い頃はマニエリスムの画家に師事し絵画を学んだようですが、当時既にマニエリスム的な絵画は時代遅れになりつつありました。

宗教改革後のカトリック教会は新しく起こったプロテスタントに対抗し、カトリック側の正当性を主張するために、聖書を都合の良いように解釈してキリスト教美術を使って人々に広めようとしました。(言い方悪いですが、この頃のカトリック教会は堕落していたと言える部分も多々ありました。)

よりダイナミックに感情をあおりつつ教えを広めるために、劇的で大げさな絵画が求められました。これがバロック美術の起こりです。レーニはまさにその渦中の時代に生まれた画家でした。ルネサンス時代はフィレンツェだった芸術の中心地はローマへと変わっており、バロック美術の先駆け的存在だったカラヴァッジョは主にローマで活躍しました。

ローマ以外にもバロック美術が盛んになった地域がありました。それがレーニの生まれ育った町、ボローニャでした。

ボローニャには、大規模な工房を構えて時代の要請にスピーディーに応えたカラッチ一族という画家一族がいました。アゴスティーノとアンニーバレのカラッチの兄弟、彼らの従兄弟であったルドヴィコ・カラッチ。とりわけアンニーバレ・カラッチはバロック美術最高の巨匠と言われている画家です。

カラッチ一族は「アカデミア・デリ・インカミナーティ」という画学校も立ち上げており、レーニはその画学校に通い、ルドヴィコ・カラッチに師事しました。そうやって絵を学びつつ、カラッチ一族の工房の一員として手伝うことで、めきめきと技術をつけていきました。

1600年頃から画家として独立したレーニは、1609年に亡くなってしまうアンニーバレ・カラッチの跡を継ぎ、ボローニャ派の画家としてローマで活躍します。1615年にまたボローニャへと戻り、亡くなるまで同地で活動をおこなったようです。

イケメンだったが生涯独身

以前にもエゴン・シーレフラ・フィリッポ・リッピフェルナン・クノップフといった、個性的な性癖を持っていたり破天荒な生活を送ったりした画家を紹介してきましたが、グイド・レーニも独特な人物だったようです。

作品には数多くの優美な姿をした女性を描いていたレーニでしたが、実際はかなりの女性嫌いだったようです。生涯独身を貫いただけでなく、女の召使いなどを家に入れることも嫌がったそうで、唯一母親だけは格別大切にしていたそうです。(なんだかいろいろワケありな感じがしますね…。)

非常に敬虔なクリスチャンのレーニですが、自身の工房にいる教え子たちにも、絵の技術などを教える前にまず「神を恐れなさい」という宗教的なアドバイスをおこなったようです。にも関わらず、一方では無類の賭博好きだったとも言われており、なかなかどんな人物だったのか掴めない画家と言えますね。

作風

日本での知名度が低い「隠れた天才」

グイド・レーニはその技術の高さや優美さから「ラファエロの再来」とまで言われた画家でした。その上に、時代性にあった激しさや力強さも見事に演出されており、18世紀から19世紀にかけて活躍したドイツの偉大な詩人ゲーテも、このレーニのことを「神のごとき天才」と呼んだと言われています。

同時代のカトリック教会や後の世の芸術家たちに非常に受けが良いのは、その作品からあふれ出る信仰心が見えるからでしょうね。ほぼ同時代の画家だったカラヴァッジョと比較しても、きっと教会からの人気はレーニの方が上だったろうと思います。

ですが、日本ではカラヴァッジョの方が知名度が高い印象があります。それについては私なりに仮説があります。

それは日本人がキリスト教の宗教性を感覚的に理解できていないからだろうと思います。理解しないと絵画を鑑賞できないわけではないので良いのですが、西洋絵画はやはりキリスト教の歴史の上に成り立っている美術なので、西洋での人気と日本での人気に差が出るのは、宗教性の違いというのも少なからずあるのです。

また、カラヴァッジョは強い明暗や俗っぽさすら感じるような分かりやすい表現で、他を寄せ付けないような強烈な個性を放っていた画家です。一方のレーニは、そのカラヴァッジョと比べてしまうと没個性に感じてしまう要素があるのだろうと思います。

ですが!!「より個性的な方がすごい」というわけではありません。やはり「ラファエロの再来」と言わしめるだけの、優美さは万人に愛されるものであると私は思います。個人的には、代表作でアップした神話画である「バッカスとアリアドネ」など、裸体の上品ななまめかしさは眼を見張るものがあると思います。

グイド・レーニは、是非とも日本でも人気が出てほしいと思う画家の一人ですね。

なめらかな肌

グイド・レーニの絵画の特長は、そのなめらかな筆致だと思います。ともすればややエロティックにも見えるなまめかしい肌の質感は、レーニならではのものでしょう。

個人的な感覚ではありますが、このすべすべとした肌の表現は、19世紀に活躍したアカデミック美術の巨匠、ウィリアム・アドルフ・ブーグローの作品と共通する何かがあるようにも思いますがどうでしょう。

先ほどレーニが日本でなかなか認知されていないことについて触れましたが、もしかすると、ブーグロー同様に、その時代にあまりにも合いすぎていたことが、後世であまり重要とみなされない理由の一つかもしれません。

レーニは確かに当時非常に人気のあった画家でしたが、それは彼が時代性を読んで当時のパトロンたちに愛される絵を描けたからこそだと思います。しかし、現代我々が知っている画家たちは、ブーグローやレーニのような当時の時代に合った正統派の画家ではなく、その当時は猛烈に反発を受けたり無名のまま亡くなったりしたのにもかかわらず、後になって研究されたことで「時代を先駆けていた画家だった!」と評価された画家が多いのです。

研究をすることやそれによって再評価されることは良いことだと思いますが、研究の結果、前の時代まで素晴らしいと言われていたものが「価値がない」と言われてしまうこともあるわけです。そう考えると、やはり絵画の素晴らしさは、研究者や評論家に流されず、自分の目で見、感じたものの中に見いだすことが大切なように思いますね。

例えばグイド・レーニの作品であれば、その優美でなめらかな肌の質感や、瞬間をとらえた表情のダイナミックさの中に「美」が見いだされるのでしょう。