パオロ・ウッチェロ


プロフィール

生誕/死没

1397年~1475年

イタリア

代表作

サー・ジョン・ホークの葬祭の記念碑

画像_サー・ジョン・ホークの葬祭の記念碑

ウッチェロの比較的初期のフレスコ画。

サン・ロマーノの戦い(ロンドン・ナショナル・ギャラリー蔵)

画像_サン・ロマーノの戦い(ロンドン・ナショナル・ギャラリー蔵)

遠近法にハマりこんだウッチェロ晩年の作品。この独特の躍動感のなさはウッチェロの作品の特徴でもあります。

サン・ロマーノの戦い(ルーブル美術館蔵)

画像_サン・ロマーノの戦い(ルーブル美術館蔵)

対象を描くこと以上に遠近法をいかに駆使するかに傾倒している様からは、ウッチェロを画家ではなく数学者だと主張する研究者がいるのもうなずけます。

プロフィール

生まれや環境

パオロ・ウッチェロは床屋の息子としてイタリアのプラトヴェッキオという町に生まれました。

いきなり脇道に話が逸れますが、当時の床屋は外科医を兼ねていたので、ウッチェロの父親は床屋であり医者でもありました。ちなみに、ウッチェロはフィレンツェ医師薬剤商組合に登録されており画家として活動をおこなっていたようですが、これは父親の役職とは関係なく、画家は顔料を扱う関係で、医師薬剤商組合に登録されたのではないか?と言われています。

さて、話を戻しますが、パオロ・ウッチェロは初期ルネサンスの画家で、今から600年も昔の画家ということがあり、若い頃に関してはあまり多くの記録が残っていません。

壮年期のウッチェロは主にフィレンツェで活動し、あるときはヴェネツィアのサン・マルコ聖堂のモザイク装飾に携わったり、パドヴァにあるヴィタリーニという人物の邸宅のフレスコ画を制作したり、画家としてきちんと仕事を請けていたようです。

ですが、ウッチェロは絵を描くこと以上に遠近法に強い関心を示していたことが分かっています。遠近法へのこだわりは、晩年になるに従って顕著に見られるようになり、部屋にこもって線を引いたり消したり「ああでもない、こうでもない」と、遠近法の研究する日々だったと言われています。

遠近法フェチ全開な逸話

パオロ・ウッチェロが遠近法大好きだったという話は先に触れましたが、それを裏付けるような逸話があります。ウッチェロの奥さんが日々深夜まで研究をおこなっている旦那を心配して、「あなた、もう寝なさいよ」と声をかけるたび、ウッチェロは嬉々として「この遠近法ってやつは、かわいくてなぁ…」と答えていたそうです。

あくまで逸話ですが、こんな逸話が出回ってしまうくらいには、四六時中、遠近法のことを考えていたのでしょうね。笑

自由な人柄、自由な色彩

パオロ・ウッチェロ、実は本名をパオロ・ディ・ドーノと言います。この時代のイタリアの画家たちは愛称で呼ばれていることも多く、「ウッチェロ」という呼び名は「小鳥」を意味する愛称でした。

これもまた逸話ではあるのですが、ウッチェロは小鳥が大好きで、本当は本物の小鳥を飼いたかったのにも関わらず貧乏で飼うことができなかったため、部屋中に小鳥の絵を描いてかわいがっていたため、「小鳥」と呼ばれるようになったという話があります。

なんだか個性的でかわいらしい人物ですよね。

また、ウッチェロの自由さは作品の色彩からもうかがえます。彼は時代区分としてはルネサンス美術の画家に含まれますが、その実、ルネサンス以前の国際ゴシック様式の影響を色濃く受けています。国際ゴシック様式は独特の色彩ときらびやかさが特徴で、ウッチェロの作品にもそれが表れています。

これも逸話の域を出ませんが、ウッチェロは見ているものを見えているままの色で描かず、様々な幻想的な色の組み合わせで描いたと言われています。

作風

批判され続けた画風

パオロ・ウッチェロは偏執的に遠近法にこだわったことから、よく「ダメな画家の例」として反面教師的にとりあげられる画家です。また、ルネサンス美術への過渡期の時代でありながら、以前の様式である国際ゴシック様式を取り入れた非現実的な色合いの作品を残したことから、ルネサンス後期には既に「パオロ・ウッチェロっていうヤツは、全然絵が自然じゃない!こういうのはダメなんだ!」と批判の対象となっていたようです。

確かにそう言われると、ルネサンスの絵画とはかけ離れた写実性の無さですし、遠近法にこだわるあまりに馬や人物たちからはまるで躍動感を感じられません。ちなみに、その躍動感の無さから、ルネサンスからさらに後世のロマン主義の時代でも、また槍玉に上げられて「パオロ・ウッチェロっていう画家の作品からは動きがまるで感じられない!」と批判されてしまいます。

まぁ、事実として、ロンドン・ナショナル・ギャラリー蔵の「サン・ロマーノの戦い」なんかは、「遠近法、使っていますよ~!」とアピールするかのように、あえて遠近法で引かれた線上に折れた槍などが置かれていますし、私も「これはさすがにやりすぎでしょ…」と思います。苦笑

ですが、さらにその後の20世紀、シュルレアリスムが流行すると、このウッチェロの幻想的で計算的な画風が再評価されるようになります。

近代になって絵画のあり方が大きく変わったことも再評価に繋がったのでしょう。ですが、私としてはパオロ・ウッチェロの画風には、遠近法や古い様式だとかは関係ない、普遍的なかわいらしさがあると感じられ、それがあったからこそ、改めてパオロ・ウッチェロという画家の絵の良さが見直されるに至ったのではないか、と思っています。