マティアス・グリューネヴァルト


プロフィール

生誕/死没

1470(1475?)年頃~1528年

ドイツ

代表作

イーゼンハイム祭壇画(第1面)

画像_マティアス・グリューネヴァルト「イーゼンハイム祭壇画(第1面)」

祭壇画ごとご紹介。中央のパネルに描かれた痛々しいほどに苦痛に顔を歪めたキリストの磔刑の絵はとても有名。ご存じの方も多いのではないでしょうか。

イーゼンハイム祭壇画(第2面)

画像_マティアス・グリューネヴァルト「イーゼンハイム祭壇画(第2面)」

第1面を開くとさらに出てくる面。日曜日のみ開かれていたそうです。こちらはキリスト降誕のシーンが描かれています。

辱められるキリスト

画像_マティアス・グリューネヴァルト「辱められるキリスト」

キリストを辱める人間たちの醜い顔を、隠すことなくありのまま描いています。

プロフィール

生まれや環境

ドイツのヴュルツブルクに生まれたとされるマティアス・グリューネヴァルトは、画家としての活動期間があまり長くなく、死後すぐに忘れられた画家でもありました。残っている史料等から、代表作として挙げた『辱められるキリスト』がもっとも初期の作品の一つと言われています。

長らく忘れられていたことから、グリューネヴァルトの生涯については分かっていないことが多いですが、マインツ大司教の宮廷画家、兼、建築家として活躍していた期間があったようです。

「グリューネヴァルト」という名前は間違い?!

マティアス・グリューネヴァルトは100年以上経った17世紀に美術史家によって再発見された画家でしたが、その美術史家は「グリューネヴァルトという画家がいたんだってさ~」と紹介したのですが、まさかの「グリューネヴァルト」という名前は間違いでした。

その間違いが分かったのは研究が進んだ20世紀のことで、グリューネヴァルトの本名は、「マティス・ゴートハルト・ナイトハルト」でした。なんかかっこいい名前ですね。グリューネヴァルトの絵は美術の教科書などでも取り上げられているので、知っている方も多いと思いますが、実は名前が違っていたということは知らなかった方も多いかと思います。

ぜひ、周りの友人や恋人にトリビアを披露してみてください。笑

ただ、「マティアス・グリューネヴァルト」という呼び名が定着してしまっているので、今もグリューネヴァルトと呼ばれることがほとんどです。(この記事でも引き続きそう呼ばせていただきます。)

ドイツ農民戦争後、筆を折った画家

グリューネヴァルトは画家、建築家としてきちんと活動できていたのにも関わらず、1524年以降、絵を描くことを完全にやめたと言われています。まだ50歳前後であり、画家として成熟しだした頃にも関わらず何故筆を折ってしまったのでしょうか。

それはドイツおよび西洋の不安定な情勢が関係しています。

グリューネヴァルトが絵を描くことをやめた1524年、ドイツでは大規模な農民の反乱がありました。ドイツ農民戦争と言われるこの反乱は、ローマ教皇や、ドイツで帝国を築き上げていた神聖ローマ皇帝などの集権化に反発する形で、騎士や農民たちの不満が爆発して起こりました。当時のドイツは諸侯や権力を持った聖職者たちが甘い蜜を吸い、その他の国民たちは抑圧された政治で苦しんでいたのです。

また、マルティン・ルターがカトリックの堕落を批判して進めていた宗教改革が追い風となったことも、大規模な反乱になったことの一因だったでしょう。

グリューネヴァルトはこのドイツ農民戦争のときに、宗教改革を進めていたルター側についていたのでした。

結局これが理由なのか、ドイツ農民戦争の年に、マインツ大司教の命で務めていた美術建築顧問をクビになってしまいます。そして、それ以後、ペストで亡くなるまでの4年間、筆を執ることはなかったそうです。

なお、亡くなるまでは製図工や薬の販売人などで生計を立てていたと言われています。

作風

グロテスクですらあるほどの生々しさ

マティアス・グリューネヴァルトといえば、なんといっても『イーゼンハイム祭壇画』のキリスト磔刑の絵でしょう。

暗い背景、激しい苦悶の表情を浮かべ、手足に釘を打ち付けられ身悶えする十字架上のキリスト。聖書の記述に則り、脇腹には槍で刺された傷が描かれ、そこからは飛び散るように血が滴っています。

西洋絵画を多く見たことがある方であればお気付きでしょうが、キリスト磔刑を描いた多くの絵画はここまで凄惨な描き方をしていません。あくまでキリストは神の子なので、あまり人間的に描かれなかったのです。中世のモザイク画などではそれが顕著で、あえてリアルさを出さずにデフォルメした姿で描かれました。ルネサンス美術の頃には随分と人間らしく描かれるようになったものの、それでも人間の汚い部分がキリストの絵に描かれることはほとんどありませんでした。

(ちょっと古いですが、80年代のおニャン子クラブ全盛期に、ファンの人たちが『アイドルは排泄しない!』と言ったのと、似ていますね。笑)

では、グリューネヴァルトはなぜここまでグロテスクに生々しくキリストを描いたのでしょうか。

それには明確な理由がありました。ヒントはこのイーゼンハイム祭壇画がどう使われたか、にあります。

イーゼンハイム祭壇画は、聖アントニウス会修道院付属の施療院の礼拝堂にあったもので、ここの施療院は麦角菌による中毒を起こした患者を治療する場所でした。詳細はこの絵の記事できちんと書こうと思いますが、その麦角中毒患者の激しい痛みや苦しみに寄り添うために、この絵が制作されたのでした。

グリューネヴァルトはとても真面目で信心深かったのでしょう。この絵の制作意図もそうですが、ドイツ農民戦争でルター派についたのも、世の中には病や飢えで苦しむ人たちがいっぱいいるのに権力者ばかりが良い思いをしている現状に、不満があったのではないかと思います。

『辱められるキリスト』も、どこか現実を突きつけるかのように、人間の性悪さや汚さを包み隠さずに描いているように見えます。きっとこれも、不安定な時代を映しているものなのだと思います。

グリューネヴァルトの生きた時代背景、グリューネヴァルトの考えや思い、そういうものを推し量りながら絵を見ると、また第一印象とは違った見え方をするのではないでしょうか。