青と金のノクターン – オールド・バターシ―・ブリッジ


画像_ジェームズ・マクニール・ホイッスラー「青と金のノクターン - オールド・バターシ―・ブリッジ」

絵のタイトルは?

[日] 青と金のノクターン – オールド・バターシ―・ブリッジ

[英] Nocturne : Blue and Gold, Old Battersea Bridge

誰が描いた絵?

ジェームズ=アボット=マクニール・ホイッスラー

いつどこで描かれた絵?

1872~1877年、イギリス

何のために描かれた絵?

自身のパトロンであるフレデリック・R・レイランドに依頼されて描いていた『ノクターンシリーズ』の1つとして描かれました。

何が描かれている?

ロンドン市内を横断して流れているテムズ川に架かるバターシー橋を描いたものです。

橋の全体を描いたものではなく部分を描いており、また、下から見上げる形で描かれています。

タイトルに入っている『ノクターン』は日本語訳すると夜想曲という意味になります。橋げたや向こう岸の建物などは、最早シルエットに近い形で描かれており、この絵が夜の情景を描いたものであることが分かるかと思います。

また、橋の向こう側には、金粉のように降り注ぐ光の点が見えます。これは花火を描いたもので、まさに打ち上がる瞬間の花火の玉や、川の方へ降ってくる火の粉が表現されています。

橋の上にとどまっているように見える人々は、花火を鑑賞しているのでしょうか。

どうやって描いた絵?

カンヴァスに油彩。

この絵の見どころ

印象派よりも”印象”の絵

印象主義については、Artfans.jpでも様々な画家の紹介記事の中で触れてきましたが、外の光をいかにして描くかが印象派の画家たちのテーマでした。そのため、混色しないようにあえて筆致が残るような描き方をしたり、究極は点描画へ至ったりしたわけです。で、そうやって理論を実践した絵画を世の中に発表した際、評論家の一人が、クロード・モネの作品『印象・日の出』を酷評し、同じスタイルで絵を描いている画家たちを揶揄して『印象派』と言い出しました。

面白いことに、まさにクロード・モネが『印象・日の出』を発表したときに、ホイッスラーはこの作品『青と金のノクターン – オールド・バターシー―・ブリッジ』を描いている最中でした。印象主義の画家たちもホイッスラーも当時主流であった輪郭をきちっと描く緻密な絵画とは真逆をいくスタイルだったため、しばしばホイッスラー印象主義的であると言われることがあるわけですが、私としては、ホイッスラーは印象主義とは一線を画しており、むしろ、ホイッスラーの方が”印象(イメージ)”が先行している絵であろうと思っています。

夜の中にさらに影をたずさえてそびえたつバターシー橋のバランスや形の印象の美しさ、控え目に輝く花火の印象の美しさ、花火や月(画面内には描かれていませんが)によってうっすらと明るく照らし出された空や水面の印象の美しさ…。それらによって成り立っているのが本作です。

ホイッスラーは見たままに精緻に描くことを避けるため、わざわざ描こうと思っているものをいったん頭に入れて持ち帰ってから、アトリエで思い出しながら描いていました。

そうすることで印象だけが残って美しさを追究できる、とホイッスラーは考えていたようですね。

その点から、ホイッスラーは印象派よりも”印象的な”画家であり、本作品も印象主義以上に”印象”を描いたものであると言えるのではないでしょうか。

日本美術の色濃い影響

19世紀中頃の西洋はパリ万国博覧会などの影響で、続々と日本の美術がヨーロッパに流れ混んできた時代でした。まったく違う文化圏の西洋の規範とは大きく違った美術に触れ、西洋の画家たちは大きな衝撃を受けました。

実際、ホイッスラーと同時代の印象派の画家クロード・モネなどは、はっきりと日本をモチーフにした作品も描いています。

画像_クロード・モネ「ラ・ジャポネーズ」

クロード・モネ「ラ・ジャポネーズ」

着物に身を包み楽しそうに扇子を広げるブロンド髪の女性…。まぁとてもストレートな『ニッポン、ダイスキ~!』ですね。笑

このモネの作品と比較すると、ホイッスラーの『青と金のノクターン – オールド・バターシ―・ブリッジ』が日本美術の影響を強く受けているというイメージは湧かないかもしれません。

ですが、『青と金のノクターン – オールド・バターシ―・ブリッジ』は、色づかいや雰囲気は西洋絵画的であるものの、実は日本美術の影響を色濃く受けている作品なのです。

ではどういう部分でそう言えるのでしょうか。

解説をおこなう前に、まずは似た要素を持っていると思われる、日本美術の作品の一つをご紹介しましょう。

画像_葛飾北斎「諸国名橋奇覧_飛越の堺つりはし」

葛飾北斎「諸国名橋奇覧_飛越の堺つりはし」

これは富嶽三十六景で著名な葛飾北斎の絵ですね。まず、橋が描かれているという点で『青と金のノクターン – オールド・バターシ―・ブリッジ』と同じです。…それ以外に似た点が見つからないですか?

(先にことわっておきますが、一般的にホイッスラーは歌川(安藤)広重の影響を強く受けていると言われています。が、説明のしやすさを優先して、今回は葛飾北斎の絵をチョイスしました。)

では、ちょっと見ていきましょう。笑

まず、私が『青と金のノクターン – オールド・バターシ―・ブリッジ』から日本美術的だなぁと感じる部分は、”大胆な構図”と”遠景と近景の使い分け”です。

“大胆な構図”というのは、やはり橋の切り取り方ですね。

当時の一般的な西洋絵画と比べると非常に個性的です。当時の西洋絵画の規範では、輪郭や形をきちんと描かれていることが良い絵の条件とされていましたが、この絵はそもそも橋全体を描いていません。また、ほとんどシルエットと化している橋脚は一本だけが画面中央のやや左に描かれ、人々が行き交う橋の上は、画面上部に押しやられ、左右はばっつりと切り取られてしまっています。

ですが、この絶妙な”くずし”が、絵に独特なリズムを生んでいます。

北斎の絵の方も、橋こそ全体が描かれているものの、北斎はあえてぐにゃりと折れている吊り橋に美を見出して描いています。また、左側の崖は思い切って上から下まで突き抜けた状態で切り取っています。

この構図のバランス感は現代の日本の漫画にも見受けられますよね。ですが当時の西洋では、画面の中でどう構成するかはそこまで重視されていなかったのです。

次に、”遠景と近景の使い分け”に関してですが、『青と金のノクターン – オールド・バターシ―・ブリッジ』は、橋と小舟が近景として、川の向こう側の町並みと空の花火が遠景として描かれています。これだけはっきりと”手前”と”奥”とを描きわけておきながら、絵のタイトル『青と金のノクターン』からもうかがえるように、この絵の主人公は橋でも花火でも空でも川でもありません。その全ての雰囲気、印象がこの絵のメインとなっています。

北斎の絵もはっきりと近景と遠景が分けられていますね。左手前の崖、橋と右側の崖、森と左奥の崖、最奥で黒いシルエットとして描かれている山、と何層にも分けられて描かれています。ただ、北斎の絵の方はあくまで橋がメインであるところが、ホイッスラーの絵とは違いますね。

このように、ホイッスラーは絶妙に日本美術の良さを取り入れながらも、独自に美しさを追究した画家であり、その彼の傑作と言えるのが、この『青と金のノクターン – オールド・バターシ―・ブリッジ』であると、私は思います。

どこで鑑賞できる?

ロンドン・テート・ギャラリー(イギリス)